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「いんちき」掲示板
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中世悲喜劇動物裁判―破門されたバッタと無罪になったネズミ― (2004.09.07 Tuesday) [いんちき心理学講義]
 ●ある裁判の風景
 1386年、あるヨーロッパの一年で、無残にも子どもが殺されてしまった。現行犯で逮捕された犯人は、教会に引き立てられ、裁判を受けて「絞首刑にすべし」と判決を受け実行された。
 当時の中世ヨーロッパではよくある風景であり、現代人の我々が見ても別段おかしいところはない。

 ただ一つおかしかったのは、裁判にかけられ絞首刑が命ぜられた犯人がブタだったということだ。
 ▼人間と同様に裁かれる動物たち
 13〜17世紀前後の中世ヨーロッパでは、動物裁判というものが流行しました。これは、その名の通り罪を犯した動物を、人間と同じく裁判にかけて処罰するというものです。
 罪状と判決は様々で殺人罪のブタや、破門宣告を受けたバッタ弁護士の力量で無罪になったネズミなどが存在しました。もちろん記録に残っていない動物の処罰も数多く存在するでしょうから、歴史に埋もれた中に、島流しにされたカニとかもいたのかもしれません。

 これらの動物裁判は頻繁にあったわけではありませんが、極少数の例外でもありません。残存資料に残されている動物裁判の履歴は、有罪となったものだけでも9世紀から19世紀にかけて合計142件記録されています。特に動物裁判が活発だったのは15〜17世紀にかけてで、3世紀における裁判の合計件数は122件となっています。大体、2〜3年に一件のペースですね。

 特に裁かれる多かった動物はブタです。中世の農村はブタを放し飼いにしていた上に、現在のブタと違いキバが生えイノシシに近い獰猛なブタでした。そのため、狂犬病にかかったブタが暴れまわり人間を殺傷するのは珍しくなかったのです。

 裁判の流れは、当時の人間に対する裁判とほぼ同等で、犯罪が確認された動物は憲兵隊によって逮捕され、裁判所の監獄に投獄されます。多分、2,3年に一度のケースのために動物専用の監獄を作るのも面倒だし費用もかかるので、人間と同じ牢にいられれた可能性もあります。罪を犯して服役したらブーブー唸ってるブタと同室になる可能性もあるのです。怖いですね。

 現代の刑務所では、罪が重い奴のほうが偉いとかいう不文律のある監獄もあるそうです。ですので、窃盗程度で捕まったらブタの近くにならないように祈るしかありません。隣のブタは殺人罪なのですから、シャバでもダメ人間なのに監獄でもブタ以下ということになってしまいます。救いようがありませんね。

 話がずれました。監獄にいれられたあとは、検察官が被告を起訴し、それが受理されると弁護人が任命され、被告は出頭を命ぜられます。
 その後の裁判の流れも通常と同様に、罪状が読まれ求刑を求められ、無罪か有罪かの判決を受けました。有罪の場合、大抵は絞首刑となります。このあたりの細部は、地方や時代によって変化しました。

 ▼破門される昆虫
 裁判にかけられたのは動物だけではありません。ハエ・ミミズ・アリ・ネズミ・バッタ・モグラなどの害虫・害獣も裁判にかけられました。
 彼らは大量に発生し、農作物に甚大な被害を与えたりします。そこで、彼らの暴挙を止めるために破門制裁や強制退去を命じるために裁判が開かれたのです。

 とはいえ、引き立てることのできる大きな動物と違い、数が多くすばしっこい昆虫を引き立てるのは極めて困難です。そもそも区別がつかないですし、ゴキブリを法廷に大量に詰め込んだら貴婦人は失神しますよ。

 そこで、裁判官の使者を動物の住居に派遣し、裁判所に出頭することを命じることになります。ネズミなら路地裏や下水に。昆虫なら森に行って、「神の意に反するバッタ諸君よ!そなたたちは裁判所で裁判を受けることが決定された。ただちに出頭されたし」とか言うわけです。本当ですよ、念のため。

 こうして告知したにもかかわらず、指定された日時にこなかった場合(来るわけないですが)、欠席したと判断されます。
 何日かの間隔を空けて、裁判所は被告に出頭を求めますが、3回主張しなければ「欠席」が確定し、罪に問われます。しかし、人間ならば罰金刑や禁固刑を命ずることができますが、小動物にそれを実行することは不可能です。そこで、唯一実行可能な刑罰である「破門宣告」が命ぜられます。

 しかし、必ずしも一方的に裁かれるとは限りません。裁判なのですから当然弁護人が存在します。バッタを弁護するために弁護士になったわけじゃないと思うのですが、昆虫裁判でもちゃんと給料は出るので仕事は仕事です。弁護人によって弁護され情状酌量で無罪になったり減刑になる場合もあります。

 16世紀のフランス弁護士バーソロミュー・シャサネはネズミの弁護士として有名になりました。
 オートン地方の大麦を食い荒らしたネズミたちを弁護するために、シャサネは法廷に立ち彼らを守るために熱弁を振るったのです。まず、シャサネは法廷に一匹しかネズミがいなかったためこのように弁護しました。

 「被告ネズミのチュー太郎一匹だけが罪を犯したのではない。多くの村に棲んでいるネズミたち全員に告知をしなければならない」

 この訴えは認められ、全ての村に告知がなされることになりました。しかし、だからといって全てのネズミが出頭するわけはなく、他のネズミは「欠席」とされました。欠席となると裁判官の心象が悪くなるため、シャサネは出頭しないネズミを弁護するためにこう言いました。

 「被告ネズミのチュー太郎と愉快な仲間たちが出頭しなかったのは、ここに至るまでの道に猫がいたため出頭が困難だったからなのです」

 このような感じで、シャサネはネズミたちを無罪にするためにありとあらゆる法的手段を使用しました。やがて、ネタが尽きると今度は人情に訴えます。

 「被告ネズミのチュー太郎と愉快な仲間たち全てが罪を犯したのではない。何人かが罪を犯したからといってまとめて駆除するなど人道に反するのではありませんか」

 この裁判の結果がどのような判決になったかは、いくつかの書物を見ましたがどれにも記述されていません。しかしこのシャサネの熱弁が通じ、ネズミのチュー太郎君の無罪が認められたと信じます。弁護士は被告と共に喜びの涙を流しながら抱き合ったことでしょう。それでペストにかかっても知りませんが。
 (実話です。念のため)

 他の裁判例を見てみましょう。
 1487年、オートンの教会に、畑やブドウ園をナメクジが荒らしているという報告が入りました。そこで、大司教はナメクジに対して農作物を食べるのをやめ、人々を悩みから解放しこの場から立ち去ること。立ち去らなければ破門宣告をし、天罰を与えると宣言しました。

 1516年には、トロイの役人が同様にブドウ園を荒らしている昆虫に、6日以内に立ち去らなければ天罰を与えることを宣言しました。

 ▼なぜ動物裁判が行なわれたのか
 なぜ動物裁判が行われたのかということについて、いくつかの説がありますが、確定した説はありません。
 刑法学の分野においては刑罰の意味についてよく知られた二つの対立する意見が出されている。その一つは客観主義とよばれ、犯罪における犯罪者の自由意志を重視する。犯罪者は悪いと知りながら罪を犯したのだから責任の基礎は犯罪行為そのものにあるとする。ここでの刑罰とは罪のむくい、すなわち応報刑を意味する。
 客観主義に対し、もう一方の立場は主観主義とよばれる。犯罪とは犯罪者のうちにもともとひそんでいる悪性がそとにあらわれ出たものであり、この悪性を矯正することこそ刑罰の目的であるという立場だ。したがってここでは刑罰は教育刑であり、犯罪者が将来罪を重ねることを予防する。
 (中略)
 しかしながら、中世西ヨーロッパの刑罰には、それが過酷であった点で、教育刑的な要素はみじんもなく、また動物も処刑された点で犯罪者の自由意志を重視する客観主義的応報刑の考え方も、そのままの形では認めがたい。そこにある刑罰とは、ひと口でいうなら威嚇刑であった。
 つまり残酷な裁判を犯罪者に加えることにより、人々に畏怖心を起させ、同様犯罪の再発、多発を防ごうとするものである。中世西ヨーロッパの刑罰にはしたがって、本質的には応報刑でもなければ特別予防の教育刑でもない。それは社会における犯罪の一般予防を目的とする、威嚇刑であった。豚の裁判は意外に重大な意味をもっていたのである。

 西欧文明の原像
 このような説を「威嚇説」といい、いくつかの論者が提唱しています。それとは逆に、池上俊一氏は威嚇説に疑問を表明しています。
 動物裁判が威嚇的効果を狙って組まれた法的な『芝居』とは、どうしても思われない。教皇・高位聖職者や王侯貴族、あるいは権力のイデオローグであった法学者は、ほとんどすべて動物裁判にたいして沈黙をまもっているし、そればかりか、すでにみたように、ボーマノワールやトマス=アクィナスは、それに否定的であった。法学者が、動物裁判を論ずるようになるのは、ようやくその末期になってからである。権力者が動物裁判を黙認ないし支持したとしても、それは何か別の目的に奉仕する手段としてではなく、それ自体のうちに意味や目的をみとめていたからだ、という感想をおさえきれない。
 くわえて、動物裁判は、かならずしも権力者が、『上から』課したものばかりではなく、むしろよりしばしば、『下から』のつきあげに応じておこなわれ、上と下の妥協点・合流点で生まれたものではないであろうか。さらにいえば、裁判において判決が下され、執行される刑罰を、威嚇刑・教育刑・応報刑といった近代的な範疇に類別すること自体にも、問題があるように思われる。
 (中略)
 フランスのファレーズで1386年、子どもの顔と片腕を噛み千切ったブタが、同部位の鼻面と前足を切り落とされた例があった。
 おなじようにして、動物裁判は一種の教育刑であったともいえるわけで、これは、犯罪を犯した動物の矯正・更生のための教育ではなく、神の怒りを買わないように、正しい生活を送るよう人々をいざなう教育、という意味での教育であった。

 動物裁判―西欧中世・正義のコスモス―
 当時では、殺人が行なわれるとそれが動物によるものであっても人間によるものであっても無生物であっても、正式に裁かれなければ神の怒りに触れると考えました。そのため、このような動物裁判が発足したと考えられています。

 無生物の場合、殺害に使用された凶器のほか、直接的に関わっていなくとも、間接的なものまで裁かれた例もあります。
 1591年にロシアの皇太子が暗殺された時、町の大鐘が謀反決行の合図として打ち鳴らされました。このため、大鐘は永久追放の判決を受け、独房に閉じ込められました。

 昆虫の破門宣告の理由については、教授が個人的に考えた説があります。
 昆虫に破門宣告をしたり強制退去を命じても、それに意味がないことは現代の我々には分かりきっていますが、当時の人々は大真面目であり、そして破門宣告に意味があるという信念がありました。

 三国志の時代の中国には「蛮国」という国がありました。この国の風習に、「川が荒れれば49名の人の頭を川の神に捧げれば川の氾濫を鎮めることができる」というものがありました。
諸葛亮孔明は、この風習を改めさせるために、小麦粉をこねて人の頭に似せた饅頭(まんとう)を作らせ、これを捧げて川を鎮めました。

 言うまでもありませんが、捧げものと川の氾濫は何の関係もありません。捧げようと捧げまいと、川の氾濫は自然に治まるのです。しかし、蛮人はそうは思わず「饅頭を捧げたから川が治まった」と判断しました。

 動物の破門宣告も同様の流れだったのでしょう。破門しようがしまいが、害虫が農作物を食い尽くすと、やがて食料がなくなり餓死し、被害は治まります。或いは毛虫ならばガやチョウに孵化して遠くに飛んでいきます。
しかし、人々の眼には破門宣告をしたから、被害が治まったように見えたのは簡単に想像できます。

 また、ヨーロッパの人々は災厄は悪魔によるものだと考えていました。農夫は、暗く狭い小屋に動物を閉じ込めましたが、そこには動物が充分に呼吸するための空気がありません。
 例えば牛の場合、夜になって小屋を締め切ると、酸欠になった牛は苛立ち暴れまわり、朝になるとぐったりしてします。それを見た農夫は「これは悪魔の仕業に違いない」と教会から牧師を呼び悪魔祓いの儀式を行ないます。儀式の際、牧師はドアや窓を開けて清浄な空気をたっぷりと中にいれます。儀式をしようがしまいが、新鮮な空気を吸った牛は元気を取り戻します。しかし農夫は儀式によって悪魔が去ったと判断するでしょう。
 このようなことが起こるのは、本来関係ない事象であっても因果関係を見出してしまう考えが、人間の性質として存在するからです。

 ●現代版動物裁判
 現代では動物裁判はなくなりましたが、別の意味での動物裁判が生まれました。それが中世とは逆に、動物が人間を訴える「自然の権利裁判」です。

 アメリカのクリストファー・ストーン博士が山地のリゾート開発を止めるための訴訟に際し,「樹木の当事者適格――自然の法的権利」という論文を書いて支援したことが発端と言われています。
 この自然の権利裁判は、中世とは逆に、人間以外の自然が原告としなった訴訟のことです。主として絶滅危惧種や天然記念物が指定され、日本では沖縄のジュゴンや渡り鳥のオオヒクシイ、奄美のウミガメなどが裁判所に提訴されていますが、日本では「動物に原告の資格はない」として全て却下されています。

 アメリカでは1973年に「種の保存法」を制定されており、テネシー州のダム建設差し止め訴訟で米連邦最高裁は78年に、絶滅の危機にある魚の原告代理となった研究者の訴えを認め、建設差し止め判決を出しています。

 動物裁判を研究した19世紀の学者エドワード・エヴァンズは中世のヨーロッパ裁判をさして「悲喜劇」と評価しています。今現在行なわれている自然の権利裁判も、やがて悲喜劇として語られる日が来るのかもしれません。


・中世ヨーロッパではブタが殺人罪で死刑になりました
・バッタさんは破門宣告を受けました。
・ネズミのチュー太郎君は弁護士の熱弁によって助かりました(多分)。
・動物裁判が行われたのは、キリスト教文化の土壌によるものです。


参考文献
・殺人罪で死刑になった豚
・動物裁判―西欧中世・正義のコスモス―
・西欧文明の原像
・猫はなぜ絞首台に登ったか
・横山光輝三国志25巻
[自然の権利]
動物が原告?自然保護訴訟 市民団体が権利代弁
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