本日:
昨日:
URL:http://psychology.jugem.cc/
管理人:浅野教授 neko_colum@hotmail.com
「いんちき」掲示板
 虚構はしょせん虚構に過ぎない。だが虚構を求める人々の心は「真実」だ


 
スポンサーサイト (2015.08.09 Sunday) [-]

一定期間更新がないため広告を表示しています

 この記事へのリンク|-|-

 
「二酸化炭素は悪の大魔王」という神話 (2004.09.10 Friday) [セコい神話]
 ●寒冷化している南半球
 「二酸化炭素が増えたら、地球は温暖化する!温暖化したら南極の氷が溶けて海面は上昇、世界は沈没するんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 みなさんはこのセリフを何回ぐらい聞いたことがありますか?私は新聞や雑誌で何度も見たことがあります。
 はたから見れば、この論法にはケチのつけようがありません。

 二酸化炭素は温室効果を生み出す→二酸化炭素が増えている→世界は温暖化する→氷が溶けて世界沈没

 まさに見事な四段論法です。ピュアな心を持っている人は、車で海に行く計画を「はっ!俺が車を運転すると世界が滅亡するのか!」と自分の愚かさを反省して断念し、暑い部屋で二酸化炭素を排出するクーラーにあたりながら自然保護の本を読みふけってしまいそうです。

 南極の氷は地球上の90%にも及ぶと言われており、この氷が全て溶けると海面は65mも上昇します。65mと言えば、ちょっとした大きさのビルは海面下に沈んでしまいますし、海に近いところにある家は全滅です。これは大変。

 しかし、南極の氷はほとんどは氷点下より遥かに下で、中心部は-50℃。周辺部でも−15℃です。氷は0℃にならないと溶けないのだから、少々気温が上昇しても、南極の氷が溶けたりはしません。
 むしろ、温度が上昇すると大気中の水蒸気が増えることになるので、その結果大気循環により水蒸気が南極大陸に運ばれ、雪となってふり積もり、周辺部は溶けるけれど、全体的には氷がふえるという研究結果もあります。

 実際、2002年度にNASAが南極の氷を観察した結果、南極半島などの周辺部では氷が溶け出しているけれど、中心部は氷が厚くなっていることが判明しました。

 http://web.archive.org/web/20031222062206/http://ens-news.com/ens/aug2002/2002-08-23-09.asp#anchor5(英文)

 20世紀全体としてみると、100年間で平均気温は0.3〜0.6℃上昇しています。ところが、南極大陸部では10年間の間に0.7℃も下がってしまいました。
 似たような現象がグリーンランドでも起こっており、海岸に近いところでは温度が上がっていますが、内陸部では下がっています。
 現在のゆるやかな地球温暖化は、むしろ極地地帯の氷を増やしているのです。

 ちなみに、南極の氷と違い北極の氷は、実際に徐々に溶け始めています。
 こう聞くと、「なんだって!北極の氷が溶けて、やっぱり海面は上昇するんだ!」と早とちりする人がいると思いますが、南極の氷と違い北極の氷が全て溶けても、海面は全く上昇しません。何故なら、北極は海に浮いた氷山であるため、氷全てが溶けても水の量に変化はないからです。

 これは簡単な実験で確かめられます。熱いお茶を冷たく飲みたくなったので、氷を入れて冷まそうとすると、氷をギリギリまでいれてこぼれそうになります。そのとき、よく見ると氷は上に上昇して水面(お茶面)から顔を出しますが、この氷が全て溶けてもギリギリだったはずのお茶はこぼれたりしません。

 ただし、北極の氷が溶けると、地球環境以外に多大な問題が起きます。それは、シロクマたんの住むところがなくなってしまうということです。

 ●悪の大魔王二酸化炭素?
 環境庁が発表している人為的に排出されている、主要温室ガス効果のグラフを見てみましょう。

 一目瞭然で二酸化炭素の影響が大きいことが分かります。全体のうち63.7%が二酸化炭素で、続いてメタンが19.2%。1980年代のICPP(気候変動に関する政府間パネル)に出された報告書によると、55%が二酸化炭素で二位がメタンが24%でした。いかに温室効果に二酸化炭素の影響が大きいか分かろうものです。

 これを見ると、すぐにでも「やっぱり二酸化炭素が悪いんじゃねえか、悪の大魔王め」と排斥運動を起こしたくなろうものです。

 ところで、このグラフを見て一つ疑問に思ったところはないですか?何かひっかかるところがないかとか。本当はこのグラフには重大ないんちきがあるのです。

 「人為的に排出された」?
 わざわざこのように明記してあるということは、言うまでもありませんが人為的に排出されていない温室効果ガスが存在するということです。

 実は、これらの気体以外に温室効果を生み出すガスに水蒸気があります。水蒸気は大気中の約2%前後に相当している成分です(ちなみに二酸化炭素は0.03%)。では、水蒸気も含めた温室効果ガスの割合をグラフで見てみましょう。

温室効果を生みしている気体の割合

 グラフを見て分かるとおり、温室効果でもっとも影響が大きいのは水蒸気で約90%〜97%に達しています。その中で二酸化炭素が占める割合はほんのわずかなものでしかありません。なお、人間が追加している水蒸気の量はごくわずかで、自然界にはほとんど影響を及ぼしていません。そのため、グラフから抜けているのです。

 本来の地球の平均気温は-18℃と考えられていますが、実際は15℃。差額の33℃を温室効果は地球に与えており、そのうちの約32℃は水蒸気、残りの1℃が二酸化炭素(とその他)による温室効果です。

 わずか3%にしか満たない割合を、さも影響が大きそうに発表する環境庁(データはIPCCのものですが)のいんちきには恐れ入ります。温室効果を生み出している化学物質の中で、人間出しているもっとも影響が大きい物質が二酸化炭素なのは事実ですが、実情とイメージが全く食い違っています。

 さらに言うと、二酸化炭素はもう大気中に十分多く、吸収効率は飽和状態になっています。つまり、これ以上二酸化炭素が増えても、温室効果はほとんど増えません

 なお、二酸化炭素と気温の関連については面白いことが分かっています。
 確かに二酸化炭素と昨今の気温には関連性が見受けられます。しかし、それは一般的に考えられているような「二酸化炭素増加→気温上昇」ではなく、その逆に気温が上昇してから二酸化炭素が増えているのです。つまり、気温が上昇したから二酸化炭素が増えたというのが正しい。
 これについての理由はよく分かっていませんが、興味深い事例です。

 そもそも、二酸化炭素が増えることは悪いことだけだとは限りません。

 二酸化炭素は植物の生長に関係しています。ビニルハウスなどで換気せずに植物を育てると、密閉してあるためそのままでは二酸化炭素が入り込まず生長が止まってしまいます。そこで実際のビニルハウスでは炭酸ガス発生機を備え付けて、二酸化炭素を植物に補給させます。二酸化炭素が増えると生長もよくなることが判明しています。

 ちなみにIPCC2001年度の報告では「気候変動が調整後の農業に及ぼす影響は、世界所得にごくわずかな比率の変化しかもたらさず、さらにこうした変化は温暖化が軽度の場合にはむしろプラスに働く。これは二酸化炭素の肥沃効果を考慮した場合に特に言える」と報告されています。

 植物の生長以外にも二酸化炭素は、食品の鮮度保持・天然香料の抽出・ポテトチップスの油抜き・コーヒーのカフェイン抜き・溶媒、プラスチック、薬剤の原料などにもなります。

 ▼そもそも暖かかった大昔
 過去の歴史を見ると、今より暖かかった時代はいくつも存在することが分かります。恐竜が栄えたジュラ紀は今よりもかなり温暖でした。
 人類の歴史ならば、5000年前には現在よりも2℃。1000年程前には1℃ほど高かったと推測されています。
 5000年前と言えば、四大文明が発生し人類が繁栄した時代です。降水量が多く、作物に簡単に育つ気候だったため、豊富に食物を収穫できました。

 逆に、今より気温が低かった1900年以前の数世紀は「小氷河期」と呼ばれていて、作物の収穫量が低く(化学肥料の問題も大きいが)、たびたび飢饉が発生しています。
 植物が光合成にはそれなりの気温が必要なため、現在の気温では夏にしかほとんど光合成ができません。そのため、ちょっとした冷夏が発生すると食物が育たなくなるのです。

 ▼実際に海面上昇が起きたら?
 海面上昇については、よく分かっていないことも多いので、地球温暖化とは別に上昇する可能性ももちろんあります。
 しかし、そういう場合この手の論説は何故か「もしも海面が○m高くなれば都市が沈没して機能が麻痺する」とかいう極端な方向になるのが不思議です。

 IPCCの報告書などで海面上昇のモデルによる被害額を求める場合は「保護の水準は海面上昇のない場合に対する保護レベルだけを考えるものとする」と明記してあります。要するに、現在から海面が上昇する期間の間、国家が成長しないという想定と同時に、海面が数mも上昇するのに全く国家が対策を取らないを前提しているのです。こんな被害モデル価値ゼロ。

 こういった海面上昇は急激なものではないのだから、普通、海面が上昇していることが判明したら、堤防を作るなり何なりして被害を防ぐに決まっています。国土が海面下の標高となっても国が機能するのはオランダを見れば分かります。
 オランダは干拓によって国土を広げたため、国土の1/4が海面下の標高ですが、問題なく機能しています。
 もちろん、こういった保護政策にはコストがかかりますが、放置することによる被害よりはずっと安上がりなのは間違いありません。

 首都が水浸しになるまで放置する国家なんてものは、もはやギャグの領域でしょう。

 ▼なぜ「地球温暖化」騒動が起こったか
 二酸化炭素の量は、産業革命が起きた時から一貫して増加傾向にあります。つまり、約100年ほど前からの傾向です。
 では、地球温暖化論は当時からあったのかと言うと、それは間違いで、1970年代では地球寒冷化によって世界が壊滅的状況に陥ると叫ばれていました。
 1940年から1975年にかけて、一時的に世界の気温が低下したのです。歴史を見ると、世界は氷河期と間氷河期を繰り返しており、温度周期を見ると現在は高温期にあたります。そのため、現在の地球は(地球温暖化論とは逆に)小氷河期にはいってもおかしくない状況です。実際に気温が低下したこともあって1970年代では地球寒冷化説が有力でした。

 ところが、80年代に極地の氷をボーリングして氷の柱を取り、二酸化炭素の濃度を測ったら、濃度は氷期に低く間氷期に高い結果が得られました。
 これがきっかけとなって「二酸化炭素が増加すると地球の温度が上昇する」という説が生まれたのです。

 しかし、1992年にノルウェーと日本の共同チームが追試したところ、氷の二酸化炭素濃度は時間が立つと変化し、その変化も一定せず不安定で、信頼性に足るデータではないということが判明しました。

 さらに92年に決定的実験結果が科学論文雑誌「ネイチャー」に掲載されました。
 グリーンランドから深さ3000mを越す氷柱を取ってデータを測定したところ、前回の間氷期で一番暖かい時期では今よりも4℃も気温が高く、ヨーロッパにはゾウやライオンが生息していました。しかし、そんな時期でもわずか10年で気温が10℃下がり、その後寒期が数百年続いて、また暖かくなっていました。
 この短期間で二酸化炭素が激変したとは考えにくいですし、ここ100年の気温上昇が異常と言われていますが、地球規模で見たら決して異常でもなんでもないただの自然現象だと考えたほうが妥当です。

 なお、現在の気温上昇に関しては、全くの自然説のほか、大気汚染説や太陽運動説(太陽の運動に関連して、地球の温度が変化しているのは事実です)、それらの中の一つの要因だけではない複合説などもあり、どれが正しいかははっきりわかっていない状態です。

 ほんの十数年前までは地球寒冷化説が主流だったのに、掌を返したように地球温暖化説を唱える環境学者を見てアメリカのダグラス・ストーリーはこう皮肉っています。
 本学で70年代初めには「寒冷化で地球環境がおかしくなるんですぞ」なんて講義していた教授先生が、舌の根も乾かぬうちに地球温暖化を語ってボロ儲けしている。無節操もここまでくれば表彰ものか。ほかの学者連も記者連もそうだそうだと浮かれているし、国会議員もお役人もこんな「マスコミ科学」を勉強していろいろ政策を考えているそうな。なんだか寒気がしてしかたがない。

 Chemical & Engineering News 93年9月号(訳:渡辺 正)
 ▼地球温暖化で得すること
 地球が温暖化すると、人類の健康を阻害するという論があります。IPCCによると、気温が上がると死者や病人が増え、貧困層に打撃を与えると訴えています。
 しかし、確かに気温が上がると死者や病人が出るかもしれませんが、同時に気温が上がることで死者や病人が減る可能性は見落とされています。

 寒いロシアよりも温暖な赤道の方に生物がたくさん生存している事実が表すとおり、人間の死亡率は夏よりも冬のほうが高くなっています。アメリカでは寒さで死ぬ人は暑さで死ぬ人の2倍といわれています。

 そもそも、地球温暖化で気温が0.6℃上昇したと言っても、世界全てが平均して暖かくなったわけではありません。世界気温の一般的傾向として、暑い季節・地域の気温は変動していないが、寒い季節・地域の気温は暖かくなっています
 1950〜95年の最高気温は0.1℃上昇しましたが、最低気温は0.2℃上昇しています。同様に、夏はあまり暖かくなっていませんが、冬は暖かくなっています。「暖冬」はよく聞くけど、夏が例年より暑いってあんまり聞かないでしょ?

 世界的に見た場合、夏の最高気温が上昇したのはニュージーランドとオーストラリアだけで、アメリカは特徴なし。中国の最高気温はむしろ下がっています。イギリスは暑い日は増えていませんが、寒い日は明らかに減少していました。
 要するに、地球温暖化とは暑い日・暑い場所は変化せず、寒い日・寒いところが暖かくなって全体的に住みやすくなるということです。うーむ、イメージが違いすぎる。
 さらに、地理的・季節的な気温勾配を緩やかにするので、自然災害をもたらすような激烈な気象現象は従来の説とは違ってむしろ減少する可能性が高くなります

 異常気象以外でも、地球温暖化は雨の量を増やす可能性が高いので、二酸化炭素増加の栄養補給と合わせて地球の緑化を促進させます。

 もっとも、温度が際限なく増えればいいわけでは勿論なくて、あまり暑くなりすぎると、暑さによる死亡者が増えるし、雨量が激増すると洪水のリスクも増える。つまり、過ぎたるは及ばざるが如しでいいことばかりが起こるわけではありません。
 しかし、緩やかな温度上昇は、今まで言われてきたような絶望的な状況ではなく、プラス面も多く存在します。


・地球温暖化により南極の氷は厚くなっています。
・北極の氷が溶けても水位は変わりませんがシロクマたんがピンチです。
・温室効果の主役は水蒸気で二酸化炭素は脇役です。
・二酸化炭素が地球の温暖化に影響している根拠はありません。
・二酸化炭素が増えると植物がよく生長します。
・環境学者はいいかげんです。
・揺るやかな地球温暖化が進むと色々得します。


参考文献
・環境危機をあおってはいけない
・逆説・化学物質
・環境保護運動はどこが間違っているか
・天然モノは安全なのか?
 この記事へのリンクcomments(20)trackbacks(32)

 
「水属性の敵にはサンダーが効く」という神話 (2004.08.23 Monday) [セコい神話]
 ●金属性鎧を着ていると雷に弱いか
 本日はとてつもなく、くだらない講義をする日です(適当に決めました)。

 金属鎧を着ていると雷に弱くなるという設定は、ファンタジーではよくあります。一昔前にジャンプで一世を風靡した「ダイの大冒険」では、魔法の通じない金属鎧を着ている敵に対し「鎧は金属だから他の魔法が通じなくとも、雷であるライディンなら通用するんじゃないか」という理論を元に、主人公のダイがライディンで敵を攻撃するシーンがありました。

 車の中や鉄筋コンクリートの中にラジオを持ち込むと、電波が通じにくくなります。これは「静電遮蔽」と呼ばれる現象のせいです。
 静電遮蔽とは、電気を通す物体の内部には電界(電気の作用する場)が発生しないという性質のことで、電気を通す物体(たとえば金属)でラジオを囲むとラジオには電波が届かなくなってしまいます。

 イギリスの科学者マイケル・ファラデーは、この静電遮蔽を実験で証明するために、金網で作ったカゴの中に自ら入り、そのカゴに人口雷を落としました。
 実験を見学していたファラデー以外の人間は、ファラデーは感電して火傷を負うか、下手すると死んでしまうかもしれないと思いましたが、金網に人口雷が落とされても、ファラデーは平然と無傷でカゴから出てきました。

 この「ファラデーのかご」と呼ばれる実験により、ファラデーは雷が人間にとってどうしようもない存在ではなく、科学によって克服できるものであることを証明したのです。

 外で雷に出くわした時、車が近くにあれば車の中に入りなさいと忠告された人もいるでしょう。車は金属製品なので、静電遮蔽が発生します。
 この静電遮蔽は電波と同じように電気も内部に入り込まないようにするので、車に雷が落ちても電気は車の表面を通り抜けて、中には入り込まずにそのまま地面に流れます。そのため、雷が鳴っても車の中にいれば安全なのです。
 ファラデーのカゴもこれと同じ原理です。金網に電気を通しても、電気は金網の表面を通って地面に流れるので中にいる人間には影響を及ぼしません。

 実際に実験しなければ確信的には言えませんが、金属鎧でも同等のことが起こると考えられます。つまり、金属鎧を着た敵に雷の魔法をぶつけても電気は金属鎧の表面を通って地面に流れ、装着者にはほとんど影響を及ぼしません
 表面には電気が流れるので、これに触れると感電はします。ですので、鎧のデザインによっては装着者にも電気が流れるかもしれませんが、この場合でも金属と人間では金属の方が電気を通しやすいので、電気のほとんどは金属を流れ人体に影響を及ぼす量はかなり少なくなるでしょう。
 逆に、電気を通さない鎧を着ていると、人体にまともに電気が流れて危険です。

 最初に紹介した「ダイの大冒険」では雷の魔法ライディンを受けた敵は大ダメージを負いましたが、これは科学的に正しくありません。
 雷の大部分は鎧を通して地面に流れるのでほとんどダメージを与えれず、力を使い果たしたダイは敵の一撃で殺されてしまい漫画は最終回。これが科学的に正しい結末です。

 (追記:金属製鎧に対して「金属に触れたら感電はするのではないか」と思う人もいるかもしれませんが、基本的に金属鎧では金属部分と人体は接触していません。金属性鎧を着る場合は布で体を保護し、金属に触れないようにします。何故なら、素肌に金属をあてるとその部分がすれて肌に傷を負うし、赤く腫れ上がることもあるからです)

 ●水属性の敵は雷に弱いか
 「ファイナルファンタジー」などのゲームでは、水属性の敵の弱点は雷に設定されていることがほとんどです。
 何でそのような設定になっているかというと、

 「水は電気を通す→水属性の敵は水で濡れているか水の親和性が高い→電気をよく通すから電気で大ダメージ!」

 という見事な三段論法によるものだと考えられます。しかし、これは本当に正しいのでしょうか?

 海に雷が落ちたとき、その周囲を泳いでいる魚がどうなるのだろうかと疑問に思った人はいないでしょうか。
 実は、海で泳いでいる魚の周囲に雷が落ちても魚は感電しません。もちろん真近くに落ちた場合は感電したり衝撃でショック死する可能性はありますが、外に顔を出さない限り基本的には感電したりはしません。

 何故なら海水は電気をよく通すため、雷が海に落ちると金属と同じように静電遮蔽が起こります。このため電気は海の表面を伝って四方八方の拡散してしまい、感電させる力はあっという間に失われてしまうのです。しかも、ほとんどの魚の塩分と海水の塩分を比べた場合、海水の方が塩分が多く電気を通すので、電気のほとんどは海水の方に流れてしまいます。
 ですので、水に囲まれた状態で電気を受けた場合は、普通に受けるよりもダメージが少なくなるのです。

 もちろん、雷自体は数千度の高温なので近くにいれば傷を負ったりする可能性はありますが、それでもまともに直撃するよりは遥かに弱くなります(念のために書いておきますが、あくまでも「直撃よりマシ」ということであって、平然としていられるわけでは勿論ありません)。

 あなたが雷魔法を得意とする魔法使いだった場合、水属性の魔物をカモだと勘違いして雷魔法を使ってはいけません。やつらは普通の魔物より雷に強いのです。特に水の中にいる敵には、あなたが想像するよりも遥かに弱いダメージしか与えることができないでしょう。


・電気をよく通す物体の中にいれば電気に対して安全になります。
・金属鎧の敵に雷魔法は効きにくいです。
・科学的に正しいダイの大冒険は5巻で最終回です。
・海に雷が落ちても魚は感電しません。
・雷が得意な魔法使いは水属性の敵が苦手です。


参考文献
つかぬことをうかがいますが・・・
科学者も思わず苦笑した102の質問
ファラデーのかご
落雷で魚は死なない?

 間違いの指摘などはこちらまで neko_colum@hotmail.com
 この記事へのリンクcomments(58)trackbacks(6)

 
「今どきの母親」という神話 (2004.08.22 Sunday) [セコい神話]
 ●『最近』の女性は子どもを生みたがらない
 「最近の若者たちは子どもを生みたがらない。とくに若い女性が子育てを嫌がる傾向は目に余るものがある。どの家も子どもは一人か二人になった。このままでは国が衰退してしまうだろう」

 WEDGE 1999年8月号
 この文章はある政治家の発言ですが、これを聞くと昨今の少子化を憂う識者たちは「うむ、その通りだ」とうなずきたくなるでしょう。
 最近の女性からは母性愛が薄れてしまい、子どもを生みたがらないという嘆かわしい状況が続いています。今の女性たちは「経済的負担が大きい」「子育てよりも自分たちの生活を楽しみたい」と考える人々が増え、その結果少子化が進んで日本の将来を揺るがす重大な問題に至っているのです。

 それに比べ昔の女性は真面目に子育てをし、子どもを立派に育て上げ、高度成長期の日本を支えた素晴らしい若者に育て上げました。今の女性は国のことを考えない怠け者です。自分のことしか考えず独身でいる者も少なくありません。
 子どもも育てず楽をしている分だけ独身税でも制定して税金を搾り上げるか、昔の方々の爪の垢でも煎じて飲ませ反省させるべきでしょう。

 ところで、識者の方々はこの嘆きが約2070年前に発言されたものだと知ったらどのように反応するでしょうか?
 発言者であるローマ帝国の政治家マルクス・トゥリウス・キケロはローマ帝国の指導者階級に少子化が進み、子を産み育てることがなくなった事を嘆きました。
 この文章を紹介した佐倉統氏は「なんともはや、人間は今も昔も変わらない存在であることか」と発言しています。

 このローマ帝国の政治家の嘆きから分かる通り、女性が子育てをしたがらないのは、近年に急に出てきた現象ではありません。日本では、既に江戸時代から子育てをしたがらない女性を嘆く傾向がありました。
 慶応2年(1866)佐久間義隣『一夜雑談』では身勝手な嫁の側が批判されています。子育てのために物見遊山もできず、おいしいご飯も食べられないのはイヤだと、さほど困窮しているわけでもないのにこどもを産まない(あるいは間引く)女がいる、と記しているのです。

 こどもが嫌いなオトナのための鎮魂曲
 しかし、これはあくまでも「生みたがらない」というだけで、子どもを生んだ後は彼女たちは立派な母親になったに違いありません。けれども、「今どきの母親」は、子育てを嫌うだけではなく子どもを生んだはいいが、上手に育てられずまともに世話もできません。その結果児童虐待が増え、正しく育たず平然と犯罪を犯すような子どもが激増するのです。実に嘆かわしいことですね。
 「今どきの母親は子育てひとつまともにできない」と言われ、母親の子育てに関する話題は週刊誌でも大賑わいです。
 月刊ウィークリーという雑誌で連載されていた「ゆれる母親たち」という記事では、
「子どもにお乳を含ませる時の歓びは女性ならではのもの。なのにどうしていまどきの母親は勝手なことばかり言うのかしら」

 ゆれる母親たち
 という発言が女性からも出ています。女性側からもこのような発言が出てきているということは、それだけ最近の母親の子育てはずいぶんと悪化してきているのでしょう。政治家からだけではなく、同性の女性からも非難がくるということは、やはり今どきの母親がダメなのは間違いありません。

 問題は、過去の素晴らしい(はずの)母親に育てられた子どもの犯罪率が高く、近年のダメダメな(はずの)母親に育てられた子どもの犯罪率が低いというデータがあるということですが、あまり細かいことは気にしてはいけません。昔はよくて今はダメだとで決まっているのです。何故って、新聞は50〜70代に一番読まれているからに決まっているではありませんか。え?データ?老眼だから見えないんだよ(暴言)。

戦後の少年凶悪犯罪件数

 では、今どきでない昔の親は母性愛に満ち溢れていて、常に慈愛を持ち続けて子どもをまともに育てることができたのでしょうか?
 母性愛の研究をしている大日向雅美氏は、決して過去の女性が常に母性愛に満ち溢れていたわけではないことを調査しました。
 1976年から1977年にかけて実施した全国調査で出会った母親たちは、滔々と子育ての意義を語り、母親の喜びを語っていた。同じ母親としてわが身が恥ずかしくなるほどに立派な母親たちであった。しかし、それは私が傍らに準備したカセットレコーダーに向けて発した言葉に過ぎなかったのである。
 (中略)
 母親たちは、テープレコーダーが卓上から消えるのを待って、ぼそぼそと本音を語り始めたのであった。
 「毎日が辛くて・・・」「先週はついカッとなって、この子をベランダから放り投げようとしたくらいなの」「こんなこと夫にもいえないでしょいってもわかってくれない。お前がおかしいといわれるだけ」等々、当時の母親たちの口から出た言葉は、つい今しがたテープレコーダーに記録された人の口から発せられたとは決して思えないほどに変身したものであった。
 (中略)
 「驚いたでしょう。こんなこというのは私だけでしょ。私は母親として、やはりおかしいのよね」という言葉を必ず添えていたのである。

 こころの科学
 大正時代に創刊された育児書には、当時の母親が乳児の世話も一つもまともにできず、なんとも嘆かわしいことだといった指摘が、医者や教育学者などから寄せられている。たとえば、そのうち一つは「私は赤ん坊であります」という書き出しで始まる。「我が輩は猫である」をもじった書き出しだが、そこには当時の母親がいかに子育ての適正を欠いているかが、赤ちゃんの声として語られている。(中略)母親が泣き声の意味も聞き分けられず、おむつもろくに替えず、乳を与える時間も定かではないことが嘆かれている。子どもの教育を母親に任せるのはもはや心もとないとして、「哺乳児教育所」の設立を提唱している医師もいる。

 母性愛神話の罠
 あれ?昔の母親って常に慈愛の満ち溢れ、子どもを正しい方向へ導く聖母のような存在ではなかったのですか?
 これを見る限り、今の母親と昔の母親の違いは、本音を言い出すか言い出さないかの違い程度しかないのですが、その本音が世の識者にはお気に召さないようです。
 子どもに対しては「今の子どもは本音を出さず何を考えているか分からん」といい、子育てをする母親には「最近の母親は本音を語ってけしからん」と主張します。こういう識者のほうが何を言っているのか分かりませんが、とりあえず不平不満一つ言わず、常に慈愛を持ち続ける女神様しか現在の日本では許されないようです。
 このような考えを持つ人物をオタク界では「女神様シンドローム」と呼ぶのですが、どうも真面目な方々の間には流行っていないようです。いいネーミングだと思うんですけどね。女神様シンドローム。流行語大賞に選ばれてもいいと思います。

 ●子殺しをする昔の母親
 しかし、「本音は大事だが、子どもの前では本音を隠して母親が慈愛を与えるのが大事だ」と思う方々もいるかもしれません。確かに、昔の母親は今と比べて本音を出さずに立派に育てているかもしれませんが、その反面無理をすれば必ずどこかに歪みが出るというのが世の道理です。

 ここで犯罪白書のデータを見てみましょう。
 日本では、1歳未満の子どもの子殺しを「嬰児殺」として統計にカウントしています。この数字を追ってみると、昭和30年代には親の子殺しは年間200件ほど起きていたのですが、昭和50年代には150件ほどになり、2002年ではわずか33件と現代に近づくほど殺人数が激減しています
 一応付け加えておきますと、嬰児殺の9割は母親によるものなので、過去に赤ん坊キラーの変態が暴れまわったわけでもありません。

 小説家村上龍が、親がコインロッカーに子どもを置き去りにするという社会問題をテーマに「コインロッカ−・ベイビーズ」という小説を書いたのは1980年。20年以上も前の話です。

 おかしいですね。母性愛が薄れ子育てが未熟になった今の母親による子殺しが激減し、慈愛に満ち溢れていたはずの昔の母親の方が子殺しが多かったのはなぜ?
 恐らくこの数字は、中絶が今ほど一般的ではなく誰にも話さずに密かに生んでしまった子どもを始末した数がかなりの割合で含まれていると思いますが、それにしても多すぎです。

 そもそも、母親が子育てで不満を表現するのは子どもにとっても必ずしも悪いとは言えません。不満を外に出す母親なら、本当にやばくなったときに周囲の人間が状況を把握できますが、不満を現さなければ子どもを殺したいと思っても外からうかがい知る事はできません。これは非常に危険なことです。

 結局のところ、女性に母性愛を押し付けても、それで目覚めるということはまずないですし、むしろ無用なプレッシャーが現在の少子化に繋がっている面が多少なりと存在するでしょう。まあ、少子化の原因が何かというのは別にしても、過去を美化して今を責めるのが建設的とはどうにも思えません。

 え?自分の世代を美化して人を責めるのは楽しい? 正直ですね。素晴らしい。そう、人間なんてそんなものです。イタリア生まれのパオロ・マッツアリーノ氏は今も昔も人間はいいかげんだという「人間いいかげん史観」を唱えました。私もその通りだと思います。人間は今も昔も将来も変わらずいいかげんなのです。子育ても理想通りに行くと思ったら大間違い。立派でないとダメだという肩の荷を降ろし、「たまには上手くいかないときもある」と開き直ってみてはどうですか?


・「今どきの母親」は紀元前からのテーマです。
・江戸時代でも子育ては嫌がられました。
・素晴らしい母親に育てられたほうが、ダメな母親に育てられるよりダメ人間になります。
・新聞も商売なので50〜70代の機嫌を損ねることはできません。
・昔の母親は今よりも子どもを殺しています。
・母性愛の押し付けは少子化を生みます。
・たまには開き直ってみましょう。
 この記事へのリンクcomments(3)trackbacks(1)